情報が多すぎ

私たちの考え方、見方はいろいろです。良く十人十色を言われますが、まさに人それぞれの考え方は違いますし、同じものを見ていても捉え方は違ってきます。

テーブルに置いてあるリンゴひとつをとっても

甘いそう、酸っぱそう、堅そうなどいろんな見方をします。

その元の情報は、過去に見た、食べたリンゴにあります。

同様に、今私たちが接している情報はどうなのでしょうか?

余りにも多すぎて、何を根拠に判断して良いのか困ってしまうときも多々あります。

判断する材料を持っていないことに気づきます。

ではどうやってその情報の善し悪しを決めれば良いのでしょうか?

お偉いさんが話している事?

テレビのコメンテーターの意見?

雑誌の記事?

いずれもその発言をした人の「考え方、見方」が大きく影響しています。

なかにはそう仕向けた番組製作、雑誌制作側の意図も感じられることさえあります。

今回の東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言に端を発した後任問題もそうです。

私たちは前会長がどれだけの仕事をし、どれだけの功績があったのかもよく理解していません。

テレビや雑誌からの情報だけです。

その情報だけでは判断するのには無理があります。

さらにその問題が取り上げられたその瞬間から、不必要な情報がどんどん入り込んできて何も知らなかった時より混乱し、正しい判断が出来ません。

その中で新会長が決まっても、新会長を攻撃する意見が出てきたり、オリンピックそのものに疑問を呈する意見もどんどん出てきています。

このコロナ禍にあって、「オリンピック開催は無理」「オリンピックなんて開催しない方が良い」という方の意見が大きく採り上げられ、スポーツ選手の存在はそこには全く見えてきません。

本来オリンピックって、第一に参加するスポーツ選手が主役ではないのでしょうか?

今日現在でも、どこにも参加するスポーツ選手を見いだすことが出来ません。

これが情報が私たちに伝わってくる現状です。

今回は、「オリンピック」を例に挙げましたが、日常の生活でも、仕事でも同じ事が言えます。

現菅政権は「デジタル」という事をさかんに言っていますが、そのデジタル情報をどう国民が解釈し、どう活用していくかという根本的な対策をしようとしていません。

目先の結果だけを追いかけています。

目先の結果と言えば、総務省主体の携帯電話料金の値下げ、手続きの簡素化などを上げていましたが、現状はどうでしょうか?

益々煩雑化してしまい、国民が望んでいたこととは大きな開きが出てしまっています。

この状況を誰が望んだでしょうか?

何か事が始まろうとすると、一気に多くの情報が飛び交います。

その情報を正しく伝える手段と、その情報を正しく理解する力が必要です。

私たちは、まずその情報を正しく理解する力を身につける必要があります。

もちろん情報発信者は、正しく情報を発信する力を身につけて頂く必要もあります。

私は、常々商売がら情報を的確に伝える方法として「ダイレクトメール」の利用を上げていますが、その理由は

無駄なく自分が伝えたい情報を、伝えたい人だけに伝えることが出来る唯一の手段という事です。

その証が、100年以上も続いて利用されているということです。

さらには他の情報を伝える手段と比較しても「ダイレクトメール」の費用対効果が優れている事で説明がつきます。

日々、「正しい情報」を「正しい手段」で「正しく実行」する事を心がけないといけないと感じています。

皆さんはどうやって情報を得て、その情報をどうやって解釈し、活かしていますか?

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